雑記帳




うめばあさん


祖母は「ウメ」という明治生まれの、バリバリのおばあちゃんだ。
ハイカラで奔放な人生をおくってきたらしい。
夫は何十年も前に亡くしており、息子夫婦と孫達と暮らしていた。
ウメばあさんは、年とともに、物忘れが激しくなってきた。
同じ事を何回も聞くようになったので、孫に嫌がられた。
同じ事を何回も言うようになったので、息子にも嫌がられた。
「財布がない」と探すことが日課になった。
飼っている室内犬の名前を、聞くのも日課になった。
同じ事を、1分もたたずに、繰り返しいうようになった。
家族は「また、レコードの空回りが始まった」とうんざりした。
ご飯を、食べたか食べていないかわからなくなった。
「さっき、食べたじゃない!」といつも言われた。
買い物に行ったお店に、買ったものを忘れることが多くなった。
そして、一人では、家に帰ってこられなくなった。
今住んでいる家は、よその家だというようになった。
本当の自分の家にいつ帰るのか気にしていた。
孫は結婚して、実家をはなれた。
息子をみて、亡くなった夫だと、思うようになった。
しばらくして、息子や、娘、孫の名前を忘れてしまった。
嫁を見て、「ありがとう、ありがとう」と涙を流すようになった。
自分の人生で、一番輝いてた頃だけは、記憶がしっかりしていた。
決して、色褪せることはなかった。
それでも、だんだん、寝る時間が多くなった。
固形物が食べれなくなり、チューブで栄養を補給するようになった。
どんどん痩せて小さくなっていった。ベッドの上で呼吸をしているだけだった。
そんなか細い呼吸も、ある日、とまった。
95歳、老衰だった。
亡くなった日、それは、孫である、私の5年目の結婚記念日だった。
さすがだ、ウメばあさん、命日は忘れまい。
アッパレ!ウメばあさん。



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2003/04/21